普通の人間になりたいひとのブログ

アルコール依存症の父・過干渉の母。生き辛い心を客観的に記録するブログです。

自分がアダルトチルドレンだと自覚したきっかけ

自分がACだと自覚してからだいぶ年月が経った。5年くらいだろうか。

きっかけは父親の酒癖の悪さが最高潮に達して、毎週警察や救急から電話が掛かってくるようになったことだった。母親も精神的に参って酒に逃げたり、夜中にも関わらず私に電話してきたりするようになって、「これはまずい」と、アルコール専門外来のある心療内科へ母親と一緒に行くことにした。

父親本人はそんなところへまず行かないので、同じ境遇にある家族たちが順番に自分ちの問題を告白していく家族ミーティングに私と母親で何度か参加していたのだが、そのうち母親が居心地の悪さを感じて途中で止めると言い出した。

一緒に問題を解決しようと決めながら、母親が自分の都合でさっさと離脱していつの間にか私だけが頑張っていた、というパターンは今までにも数多くあったので、「ああまたか」くらいに捉えていたのだが、その時の担当カウンセラーの人は私と母の関係を見抜いていたらしく、声をかけてくれて以後は私が個別カウンセリングを受けることになった。

 

父親の問題を解決しにきたつもりがいつの間にか私の問題を解決する場になったのだった。

 

カウンセリングは目からウロコで、父親に問題があるとばかり思っていたら、実は母親にも問題があって、この二人の間で私が子どもらしい子ども時代を送れなかったこと、安全基地を作れない家庭環境だったことなどなど、
今まで当たり前だと思っていたことが実は当たり前じゃなかった、ということを初めて知った。

あの時親から受けたあの言葉やあの態度。心に抑え込んでいた理不尽な出来事。
それが全部腑に落ちて、カウンセリングのたびに私は毎回泣いていた。

 

それまでなんとなく「自分はACってやつなんだろうなぁ」程度の感じから、自分がACになった仕組みをはっきり知ったことで、「じゃあどうやってこの生きづらさを解決しようか」「どんなことを心がけたら良いか」と目標と対策を具体的に考えることが出来るようになった。

・私と親は運命共同体ではない。
・親の責任や責務を私が肩代わりする必要はない
・親に愛を求めるこだわりを捨てて、自分で自分を愛する努力をする

といった考えも持てるようになった。
今まではこんなことを考えるとただただ親への罪悪感しかなかったが、「あんな人たちに遠慮することないな」と思えるまでになった。

 

反面、「それでも親に愛されたい」という願いはどうやら無理らしいということが判って寂しかった。
そしてどうやったら自分を愛せるようになるのかはまだ解決していない。自分を許せなくて今も苦しい。

「自覚」のコーナーをクリアして、今は「克服」の面を必死に攻略しようともがいている。
どんな風に攻略しているかは、また次の機会で書いてみようと思う。