普通の人間になりたいひとのブログ

AC(アダルトチルドレン)な自分と向き合いながら、できる限り日々楽しく。生き辛い心を客観的に記録するブログです。

人は裏切っても山は裏切らない

そうそれは突然の誘い

旦那さんに誘われて、近所の山に登ってきました。唐突に。

毎日仕事でゾンビみたいになってる私を見かねて、とにかく外に出ようと、言ってくれたんです。

正直休みの日は家に引きこもって何にもしたくない私です。アウトドア経験ほぼゼロ、人にも会いたくない、面倒くさい…と思いながら超渋々に家を出ました。

 

標高400mくらいのハイキングコースです。

山登りなんて遠足以来なので二人ともウェアもギアも知らずスニーカーにTシャツという出で立ちでしたが

これがめっちゃキツい。

斜面も急だし、虫も飛んでるし、倒木で道が塞がれてて間違ったコースに何度も行きそうになったり、遠足気分でナメてかかってたので大変でした。

 

でも凄く気持ち良かったんです。

前に「ジョギングで頭の中を空っぽにする」って記事を書きましたが

ジョギングが不安を解消させる - 普通の人間になりたいひとのブログ

あれの上位版みたいな感じです。

 

足元を気をつけながら土の感触を確かめたり、地図を見て道を間違えないように気をつけたり、周りの木々をぼうっと眺めたり、

とにかく山を登ることで頭がいっぱい。

人にもほとんど会わないし、山の空気は美味しいし、頂上に着いた時の達成感や景色は、日常では味わえないなかなかのものでした。

自分の体力や実力がそのまま反映されるし、頑張った分だけ、自分に返ってくる。

 

人は裏切っても山は裏切らない!w

 

これはハマりそう

一度ハマるととことんのめり込むタイプです。

もっといろんな山に登ってみたい。

早速トレッキングシューズも買ってしまった。

最近はYouTubeで登山動画観まくりです。

あんなに渋ってたのに突如イキイキする私。戸惑いを隠せない旦那さんw

でも、きっかけを与えてくれて大感謝です。

 

ひょんなことから新しい趣味に出会えました。

生きてたら何が起こるか分からないですね。

回顧録②私がアダルトチルドレンになるまで

前回の記事はこちら

回顧録①私がアダルトチルドレンになるまで - 普通の人間になりたいひとのブログ

 

だいたいアルコール依存性の人は、酒を飲まない時は優しいとかおとなしくて普通の人…というパターンがあるようですが、、うちの父はしらふの時も気難しい性格でした。


ご機嫌な時とそうでない時の差が激しく、自分の事はあまり話さない人だったので何を考えているかよく分かりませんでした。

社交的な性格ではないので友達もほとんど居ません。悪いことが起きると環境、家族、とにかく周りのせいにする。

人が寄り付かない性格だろうなと、子供ながらに思っていました。

 

ベースがそんな感じですので酒を飲むと拍車がかかるかかる…

手を上げる事はありませんでしたが、言葉の暴力が酷かったです。

 

私の人格や存在を否定する言葉がメインです。

あとお金のことですね。「お前がいるから俺は自由に金を使えない」「お前なんか作るつもりじゃなかった、働かなくても金はあったんだ。お前ら(私と母)のせいで人生狂ったんだ」などなど…

親として、大人としての責任は皆無でした。


そのくせ、急に感傷的になって私の手を握って甘えてきたり「お前がいるから俺は生きていける」とか言うんですね。

 

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もうわけわからんのです。

昨日と今日で言ってることが真逆になったりしますから、何が本当の言葉か分かりません。

子供ですから親の言葉を真正面で受け止めてしまいます。私はいつも混乱していました。

 

 

そして、信じられなくなりました。

 

 

父親がたまに良いこと言っても薄ら寒く感じてしまうんですね。

褒められたり、父親として真っ当なことをしてくれても

「こんなのどうせ嘘だ」

と、素直に受け止められないようになりました。

信じないことでこれ以上自分が傷つかないように無意識に身を守っていたのかもしれません。

 


そうやって、私は自分の心の中でしか安心を得られない子供になっていくのでした。

 

回顧録①私がアダルトチルドレンになるまで

私の父は定職につかず、基本家にずっといるような人でした。

若い頃は店をやっていたこともあるみたいですが、私が生まれる頃には無職になっていたようでした。

ともかく不安定な収入なので、母が夜働きに行って生活費をまかなっていました。


そんな現状から逃げたかったのか、父は酒を飲む事で目を逸らし続けて来ました。


父にも理想の家庭や人生があったのだと思います。

しかし思い通りに行かないもどかしさ、寂しさ、誰かに話を聞いてほしい気持ち。

そういうものを妻(私の母)に求めていたんだと思います。


しかし母はそんな父を徹底スルー!


働きにも行かない夫のことよりも、明日食べること・子供を養うことで精一杯ですからね。面倒臭かったんでしょう。

二人の仲も良いようには見えませんでした。


で、「父の気持ちを受け止める」という役割は、自然と私が負うようになりました。

 

 

当時私は小学校低学年です。


私が下校するのと入れ替わりで母が働きに出かけます。

父は夜な夜な家で飲むか外へ飲みに出かけるか。

外飲みの時は最悪でした。


帰りが遅く、毎度泥酔です。

インターホンの音が怖かったです。ドアを開けたら大声を出して玄関先に倒れ、酷い時はそのまま吐いたりもする。

私は重たい父の体を寝床まで引きずり、ゲロまみれの服を脱がせてパジャマに着替えさせ、ゾンビみたいな唸り声で私の名前を呼ぶ父の手を握ってさっさと寝てくれることをひたすら祈っていました。


そして母が帰ってくるのをただひたすらに待っていました。

落ち着かなくて、気持ちがずっとざわざわしていました。

 

 

もう一度言いますが、当時私は小学校低学年です。

夜中の12時1時まで起きて子供がやることではないです。


ただ、それが当たり前だと思っていました。

よその家庭の子も当然やってるものだと思っていました。

 


大人になった今なら、「こんなクズ朝まで玄関で寝かせておけ」とでも思うんですけど、当時私にとって父を介抱することは大きな役割であり義務でした。

 

で、母が帰ってくるんですけど、仕事で疲れてましたね。

私が父の介抱をしていることは知っていたでしょうけど、いかに嫌な思いをしているか、一人で留守番してて怖かったかなんてことは考える余裕無かったんじゃないかな。「あの時は自分のことで精一杯だった」と、後で母本人が言っていましたから。

何より、私も気を張ってて怖がったり甘えたりする発想が無かったです。

 

 

そんな訳で私は全く必要のない頑張りを幼い頃から強いられていました。

ジョギングが不安を解消させる

普段から頭でっかちになりがちな性格です。気がついたら周りのいろんな物事にイライラしたりくよくよしたりしてしまう。いちいち考え過ぎてしまうんです。

 

そんなんだと旦那にも迷惑をかけてしまいます。近くにいる人間がドヨーンとしてたら、一緒にいても面白くないだろうな…と申し訳ない気持ちになりながら、でもなかなか性格を直せない。


そういう時は体を動かすのが一番です。

私の場合外に出て黙々と走ります。すると不思議と気持ちが軽くなって、嫌な気持ちに囚われていたのがどうでもよくなるんです。

 

 

好きな漫画の一つに「パタリロ!」があるんですけど、ある話でマライヒが敵に囚われて洗脳されてしまうんですね。それをバンコランが助けに来るんですけど、マライヒは全ては無意味だとか何とか言ってふさぎこんでいる。で、業を煮やしたバンコランが「頭でっかちになっている時は余計なエネルギーが思考に偏ってしまう、そういう時は体を動かしてエネルギーを分散させるんだ!嫌でも運動させてやる!」みたいなことを言ってマライヒを無理矢理ベッドに押し倒して事に及ぶシーンがあるんです。


手法はともかく(^_^;)、バンコランが言ってることって間違ってない気がします。


体を動かしているととにかく疲れるので、余計なことを考える暇がないんですよね。ジョギングも、目に入る景色と自分の荒い呼吸が全てになります。
今を生きてるって感覚になります。


旦那にも「走ったあとは表情が明るくなるね」と言われます。普段は疲れ切っててゾンビみたいになってるらしいです。ゾンビて。

 

30分くらい走るだけでその日のイライラや鬱憤がどうでもよくなり、健全になる(しかもタダで)!
1日24時間のうち30分を費やすだけで残りの時間が快適になると考えたら、ちょっとやってみようと思いませんか。

 

とりあえずラフな格好で外に出ることから始めてみましょう。外に出れたら目標の半分は達成です。ここがいちばんのハードルだと思います。あとは何かしら体を動かしたら良いだけですから。


ジョギングが苦手ならウォーキングや縄跳びでもいいと思います。


終わったあとはヘトヘトになりますけど、達成感があってその後のお風呂がとても爽快ですよ。


頭でっかちになりがちな人はぜひおすすめします。

 

 

 

義務感との戦い

私の悪い癖のひとつに「なんでも義務化しちゃう」というのがあります。

 

旦那が「アイス食べたいな」と言ったら

「私は今日中にアイスを買いに行かねばならない!」

と、頭の中で義務にしちゃうんですよね。アイス買ってタスクを完了せよ。

 

そんな感じで「やらねばならぬリスト」を勝手に増やしてどんどん自分を追い詰めてしまう。当然、自分のペースでやりたい事が出来なくなって、勝手にストレスを溜めてしまうんです。

で、爆発する。

 

旦那はただ「アイスが食べたい」と言っただけ(買いに行けとは言ってない)なので、なぜ私がストレスを溜めて爆発したのかが分からず混乱してしまいます。そりゃそうだ。

 

「じゃあアイス買ってきたら?」とか、「一緒に買いに行こうか」とか、言えたら良いんですけど、なかなか言えないんですよ。「私が買いに行きさえすればひとつ用事が終わって相手からの要望も消化され、平和になる」と思っています。だから何が何でも用事は終わらせないといけない。

自分のことをないがしろにしてでも相手の要望に応えることで、自分を認めてもらいたい&面倒なことは起こしたくないっていう子供の頃からの歪んだ考え方があるような気がします。

 

でも無理に一生懸命になっても、健全ではないですよね。結局爆発しちゃうし。

 

だから、今までの自分に少しずつ反抗するようにしています。

アイスひとつ買えなかったところでどうってことない。っていうか食べたかったら自分で買いに行け。ついでに柿の種も買ってきて!

 

って自然に思えるように、頑張ってます。

こんなの頑張ることじゃないんでしょうけど^^;;

うっかり実家に行った日の話

自分がACであることを自覚し、個別カウンセリングを受けて、ようやく過去の出来事や親に対する気持ちが冷静に捉えられるようになった…と思っていたが、甘かった。

 

用事があって実家に行き、特に断る理由もないから一緒に晩御飯も食べたのだが、そこで父親が酒を飲むと言いだした。

父親はもう80後半の、認知症脳梗塞もやって軽く麻痺を患う立派な介護老人だ。
しかし飲むのである。

昔から酒でしか自分の居場所を作れなかった父親は何でも酒を飲む口実にする。楽しい、悲しい、腹立つ、寂しい。そしてそんな自分を慰めるために飲む酒は自分にとって必須アイテムであり、私は飲んでもいい人間だ!仕方ないのだ!と堂々と開き直る。

 

今日の飲む理由は「私が久々に実家に来たから」。私は父の方を見ない。酒を飲む父親は大嫌いだし、父親もそのことを知っている。知っているからこそうだうだ言い訳を並べながら飲む。父親自身もそんな「何かにつけて飲む自分」を私に理解してほしいのだ。

母親も諦めているのか、酒を飲む父親を止めようともしないし、むしろ「もう一杯くらいなら」とちょっと勧めたりする。


子供の頃から繰り返し見ていた光景だ。いくら「やめて」と言ってもやめてくれなかったあの時と同じ。胃が締め付けられ、ご飯が喉を通らない。最近の実家との関係は比較的平和で、直接的な害も減ったので、少しくらいならと長居したのがまずかった。やはり何も変わっていないのだこの家は。毒される前に早々に実家を後にした。

 

帰り道で子供の頃の自分が泣いている。大人の自分が大丈夫、大丈夫と慰める。逃げたくても逃げられなかった頃と違って、今は逃げることが出来るし無理だと思ったら関わらなくても良い。だから大丈夫。

現に少し間を置いたら気持ちが幾分軽くなった。今までは自分の家に着いた途端寝込んでしまっていたので、私にとってすごく大きな進歩だ。

私の実家とはこういうものなのだ。安全で穏やかな場所なんてどこにもない。でも自分自身は自分の手でいくらでも変えられる。そう信じるしかない。
悲しいけれど、すごく寂しいけれど、自分の居場所は自分で作っていくんだ。

会話を面倒臭がらない

人と会話するのが下手だ。
具体的に言うと、一度言って相手に分かってもらえないと、すぐに会話を諦める癖がある。
どうやら「これ以上説明するの面倒臭い」「自分の事わかってもらえなくてもいいや」という思考になってしまうみたい。

一時「もういいよ」が口癖になっていたことがあって、これは相手を相当突き放す印象があるらしく、たしなめられたこともある。

仕事ではそんなことないのだが(むしろよく話す方だと思う)親しい間柄になればなるほど「これ以上言って分かってもらえないんだったらもういいや面倒臭い」となり、言い返されたり意見が食い違ったりするとさらに「あーもういいもういい」となる。

深く踏み込んで自分が傷つくのが怖いんだろうか。わかってもらえないことが怖くて逃げてしまうんだろうか。

ともかくこれじゃいけないなと思って、最後まで自分の思ったことや感じたことを言う努力をしている。
言い返されたり食い違う時は「ちょっと待って、ひとまず最後まで聞いてくれる?」と勇気を出して言ってみる。

会話を面倒臭がらずに、最後まで話して、最後まで相手のことを聞く。
少しずつ、相手との距離が縮まるような気がする。