普通の人間になりたいひとのブログ

AC(アダルトチルドレン)な自分と向き合いながら、できる限り日々楽しく。生き辛い心を客観的に記録するブログです。

うっかり実家に行った日の話

自分がACであることを自覚し、個別カウンセリングを受けて、ようやく過去の出来事や親に対する気持ちが冷静に捉えられるようになった…と思っていたが、甘かった。

 

用事があって実家に行き、特に断る理由もないから一緒に晩御飯も食べたのだが、そこで父親が酒を飲むと言いだした。

父親はもう80後半の、認知症脳梗塞もやって軽く麻痺を患う立派な介護老人だ。
しかし飲むのである。

昔から酒でしか自分の居場所を作れなかった父親は何でも酒を飲む口実にする。楽しい、悲しい、腹立つ、寂しい。そしてそんな自分を慰めるために飲む酒は自分にとって必須アイテムであり、私は飲んでもいい人間だ!仕方ないのだ!と堂々と開き直る。

 

今日の飲む理由は「私が久々に実家に来たから」。私は父の方を見ない。酒を飲む父親は大嫌いだし、父親もそのことを知っている。知っているからこそうだうだ言い訳を並べながら飲む。父親自身もそんな「何かにつけて飲む自分」を私に理解してほしいのだ。

母親も諦めているのか、酒を飲む父親を止めようともしないし、むしろ「もう一杯くらいなら」とちょっと勧めたりする。


子供の頃から繰り返し見ていた光景だ。いくら「やめて」と言ってもやめてくれなかったあの時と同じ。胃が締め付けられ、ご飯が喉を通らない。最近の実家との関係は比較的平和で、直接的な害も減ったので、少しくらいならと長居したのがまずかった。やはり何も変わっていないのだこの家は。毒される前に早々に実家を後にした。

 

帰り道で子供の頃の自分が泣いている。大人の自分が大丈夫、大丈夫と慰める。逃げたくても逃げられなかった頃と違って、今は逃げることが出来るし無理だと思ったら関わらなくても良い。だから大丈夫。

現に少し間を置いたら気持ちが幾分軽くなった。今までは自分の家に着いた途端寝込んでしまっていたので、私にとってすごく大きな進歩だ。

私の実家とはこういうものなのだ。安全で穏やかな場所なんてどこにもない。でも自分自身は自分の手でいくらでも変えられる。そう信じるしかない。
悲しいけれど、すごく寂しいけれど、自分の居場所は自分で作っていくんだ。