普通の人間になりたいひとのブログ

AC(アダルトチルドレン)な自分と向き合いながら、できる限り日々楽しく。生き辛い心を客観的に記録するブログです。

回顧録①私がアダルトチルドレンになるまで

私の父は定職につかず、基本家にずっといるような人でした。

若い頃は店をやっていたこともあるみたいですが、私が生まれる頃には無職になっていたようでした。

ともかく不安定な収入なので、母が夜働きに行って生活費をまかなっていました。


そんな現状から逃げたかったのか、父は酒を飲む事で目を逸らし続けて来ました。


父にも理想の家庭や人生があったのだと思います。

しかし思い通りに行かないもどかしさ、寂しさ、誰かに話を聞いてほしい気持ち。

そういうものを妻(私の母)に求めていたんだと思います。


しかし母はそんな父を徹底スルー!


働きにも行かない夫のことよりも、明日食べること・子供を養うことで精一杯ですからね。面倒臭かったんでしょう。

二人の仲も良いようには見えませんでした。


で、「父の気持ちを受け止める」という役割は、自然と私が負うようになりました。

 

 

当時私は小学校低学年です。


私が下校するのと入れ替わりで母が働きに出かけます。

父は夜な夜な家で飲むか外へ飲みに出かけるか。

外飲みの時は最悪でした。


帰りが遅く、毎度泥酔です。

インターホンの音が怖かったです。ドアを開けたら大声を出して玄関先に倒れ、酷い時はそのまま吐いたりもする。

私は重たい父の体を寝床まで引きずり、ゲロまみれの服を脱がせてパジャマに着替えさせ、ゾンビみたいな唸り声で私の名前を呼ぶ父の手を握ってさっさと寝てくれることをひたすら祈っていました。


そして母が帰ってくるのをただひたすらに待っていました。

落ち着かなくて、気持ちがずっとざわざわしていました。

 

 

もう一度言いますが、当時私は小学校低学年です。

夜中の12時1時まで起きて子供がやることではないです。


ただ、それが当たり前だと思っていました。

よその家庭の子も当然やってるものだと思っていました。

 


大人になった今なら、「こんなクズ朝まで玄関で寝かせておけ」とでも思うんですけど、当時私にとって父を介抱することは大きな役割であり義務でした。

 

で、母が帰ってくるんですけど、仕事で疲れてましたね。

私が父の介抱をしていることは知っていたでしょうけど、いかに嫌な思いをしているか、一人で留守番してて怖かったかなんてことは考える余裕無かったんじゃないかな。「あの時は自分のことで精一杯だった」と、後で母本人が言っていましたから。

何より、私も気を張ってて怖がったり甘えたりする発想が無かったです。

 

 

そんな訳で私は全く必要のない頑張りを幼い頃から強いられていました。